「ヒッピー イズ ハッピー♪」 ハーレーは時代を背負ったオピニオンリーダー。

ハーレー買取秘伝の技

ハーレーダビッドソンが日本に上陸して5年~10年、1つの映画をきっかけにその名を日本全土に知らしめることになったハーレーは、反戦、自由、反骨精神など、激動の時代を背負って多くのことを訴えてくれた表現者でもありました。ハーレー買取などの流通網がなかった当時でさえ高値で売買されたという当時を振り返ってみます。

「ヒッピー イズ ハッピー♪」 ハーレーは時代を背負ったオピニオンリーダー。

ハーレーが日本に輸入されるようになったのは1955年あたりで、ほどなくしてベトナム戦争が勃発しました。

日本国内にある米軍キャンプからは、毎日、戦地に向けたヘリや飛行機が飛び立ち、多くの負傷兵たちを乗せたヘリが基地に戻ってくるのも、当時は日常茶飯事の出来事だったようです。

反戦運動の盛り上がりとともにヒッピーがアメリカ全土の各地に生まれ、彼らは「ヒッピー イズ ハッピー」を合言葉に、暴力に訴えることのない静かなる反戦運動を展開していったのです。

少し退廃的なイメージに聞こえるかも知れませんが、ハーレーダビッドソンにまたがって自由気ままな旅をする映画「イージー・ライダー」は、そのストーリーとともに、私たち日本人に「ハーレーとしての絶対的なブランド力と地位」を印象づけた映画でもありました(主演:ピーター・フォンダ、デニス・ホッパー)。

一世を風靡した映画のせいもあって、ハーレーは「反戦」や「自由の象徴」であるとともに、理不尽な社会の有り様にNOを突きつけた「反骨精神の象徴」ともなったのです。

ハーレーはその後、爆発的な勢いで売れつづけ、ハーレー買取のような流通の仕組みがなかった当時でさえ、中古のハーレーが高値で売買されたといいます。

日本にハーレー市場ともいわれる大きなマーケットが誕生し、ハーレー買取の会社によって流通が整備されたのは1970年代から。

このようなことを考えると、ハーレーは時代を背負って私たち日本人に教えてくれたことがたくさんあり、いまさらながら感謝の気持ちでいっぱいになります。

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